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白山平泉寺へのいざない

掲載日:2017年9月22日(金) 印刷

 白山平泉寺は今年、白山開山1300年に当たり、多くの来訪者でにぎわっています。

 「泰澄和尚伝記」によると、西暦717年に泰澄大師が現在の平泉寺にある御手洗池(みたらしのいけ)で白山の女神のお告げを聞いて、白山を開いたとされ、平安末期には、白山の登攀路(とうはんろ)、越前禅定道の基点として栄え、広大な寺領・荘園と共に多くの僧兵を擁していました。その数は寺領数万石、48社36堂、坊堂6000を構え、僧兵8千、人口一万人以上とも言われる中世の宗教都市として栄えていました。

 しかし戦国末期に至って、織田信長と朝倉義景の決戦に巻き込まれて苦境に立ち、最後は、越前加賀における一向一揆の大勢力によって全山焼き払われて灰燼に帰してしまいました。

 勝山という地名は、時の支配者階級であった平泉寺門徒に被支配者集団であった一向一揆衆が勝利し、砦となった村岡山を「勝ち山」と呼び、江戸時代の幕藩体制によって入封した松平直基の頃から勝山藩となり、その後明治まで小笠原氏の治世を経て現在に至っています。

 勝山市では、平成10年から、約200ヘクタールにも及ぶ広大な史跡を発掘し、発掘調査・復元を進めています。南谷の発掘では、東西南北に走る石畳道と、それに面した坊院跡が往時の平泉寺を模した絵図どおりに発掘され、今、その全貌が明らかになりつつあります。

 市では、1300年にわたる歴史をわかり易く解説し、発掘された資料等を展示するガイダンス施設「歴史探遊館まほろば」を平成24年10月に開館し、景観に配慮した周辺整備も進めています。

 緑の苔の絨毯が広がる境内で1300年にわたる興亡の歴史に心をゆだねてみてはいかがでしょうか。

 

白山平泉寺旧境内

 「苔寺」とも呼ばれる白山平泉寺。境内は一面に緑のじゅうたんが敷かれたように美しい。白山国立公園に含まれ、参道は「日本の道100選」にも選ばれている。

 

「厚生保護ふくい」第107号 秋季号(2017年9月1日発行)に掲載

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