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さくら

印刷用ページを表示する 更新日:2018年9月19日更新

弁天桜の写真

 今年の豪雪で積もった山のような雪も、4月まじかになるとさすがに減って、木々の根元を丸く取り巻くように雪が消えはじめた。見え出した土に春の息吹きが感じられるようだ。雪の上に落ちている折れた枝の多さが、今冬の豪雪を物語り、そのすさまじさに改めて驚くばかりである。
 特に雪に弱い桜の枝折れがあちこちで目立つ。自宅の庭にも数本の桜の木があるが、どれも50~60年も経った老木なので、痛々しい限りだ。折れて落ちている枝に目をやると、硬くて小さいけれどしっかりと芽がついている。雪の上で、一生懸命生きているのがわかる。その生命力に応えて開花させてやろうと思い、自宅まわりの枝を丹念に拾い集めて今、水槽に生けてある。
 自宅のキッチンの窓辺にその一部の小枝を差した花瓶を置いてみた。室内の暖かさで、小枝のつぼみが柔らかな緑色に膨らみ、かすかにピンク色が覗いている。毎朝日増しに膨らんでいくつぼみを見ることが、なんとなく楽しみになってくる。今までこんなに間近に桜の開花を観察したことなど無く、桜の方もさぞ面映いことだろう。

 子どもの頃、桜はあまり好きではなかった。それは桜という花が好きとか嫌いではなく、桜が咲く頃の不安感が、桜そのものを不安な象徴として、私の心に映っていたような気がする。桜が咲く4月は入学式、新学期と、すべてが新しくなる季節であり、私にとって、友達も先生も、周りの世界が一変し、これから始まる未知の世界への期待よりも不安のほうがはるかに大きかった。
 幼い子どもは、ゆっくりと人とまわりになじみ、その環境に順応していく。子どもにはその時間が必要なのだが、学校教育のスケジュールはそのような斟酌をしない。比較的のんびり育った幼児時代から小学校入学と同時に時間の流れに背中を押され、その期待の重圧に心が押しつぶされるような圧迫感を感じていた。

 桜も開花するまでに温度と時間が必要なように、人間も変化する環境に自らを合わせられるまでには、それなりの時間が必要なのだ。さらに時間をかけて自分を磨いていけば、むしろ変化する環境を求めて、それに挑戦する心が育つまでに成長する。子どもにとって家庭はしつけの厳しさと同時に、温かさに浸れる場所であり、傷ついた心が癒される場所であってほしい。幼児期にこのようなやさしさに満ちた不変の環境があってこそ、不信や挫折や失望に耐える力をそなえた人間に成長できるのである。

 窓辺で膨らみ始めたつぼみを眺めながら、時間が育むいのちの力強さと子どもたちの成長を心に思う。開花が楽しみな毎日である。