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まちは、まるごと博物館

印刷用ページを表示する 更新日:2018年9月19日更新

 勝山市は、県都福井市中心部から東方に約28kmの地点にあって、石川県との県境に連なる白山連峰の山々に囲まれ、中心部を九頭竜川が流れる水と緑の豊かな田園都市です。小笠原礼法にゆかりのある小笠原藩の城下町として栄え、まちの産業は幕末・明治のころより農林業とともに、煙草から養蚕、絹織物へと変遷し、大正・昭和にはレーヨン、合成繊維繊物の一大産地を形成して、まちの発展の原動力となりました。昭和29年に1町8村が合併して市制を施行し、現在に至っておりますが、合併特例法による合併は選択せず、現在は単独市として発展をはかっています。
 近年、恐竜化石の発掘では、全国の大多数が勝山市から発見されており、平成12年に規模、内容とも日本一を誇る県立恐竜博物館が当市にオープンし、「恐竜王国勝山」として国内外に知られるようになり、年間25万人の来館者で賑わっています。

 市長として現在2期目の6年を迎え、就任以来「ふるさとルネッサンス」を理念に掲げ、「エコミュージアム」を構想して市の総合計画に組み込み、これに基づいた事業によって、まちづくりを推進しています。

 エコミュージアムとは、エコロジーとミュージアムとの合成語で、地域住民が築いてきた自然、文化、産業、歴史などを遺産として見つめなおし、その価値を再認識して保存整備を進めていく。市民全員が学芸員として参画し、市全体を屋根のない丸ごと博物館にしよう、地域への愛着を高め、自信と誇りを持って地域を未来に継承していこうというまちづくりの取り組みです。
 勝山市には、恐竜化石にとどまらず、地域に根ざしたさまざまな遺産があります。白山信仰の拠点として栄え、その攻防の歴史の中に「勝山」の地名がみえる「白山平泉寺」は1300年の歴史を秘め、200ヘクタールの国史跡指定を受けて僧坊跡群の発掘調査を進めています。この発掘によって、日本最大級の中世宗教都市の全貌が明らかになろうとしており、研究者の熟い視線が注がれています。また、西日本一の規模を誇るスキー場「スキージャム勝山」は温泉がある通年型リゾートとして県内外からの来訪者で賑わっています。米国アスペン市と友好都市提携を結び、アスペン市から隔年毎に音楽家を迎えてコンサートを開催し、ホームステイによる青少年交流なども行っています。

 また、越前大仏を安置する妙心寺派大師山清大寺をはじめ、五重の塔や勝山城博物館も魅力です。一方市内には、伝統行事も多く、毎年1月末には「勝山年の市」、春の訪れを告げる2月末には300有余年の伝統を誇る火祭り「勝山左義長祭り」が行われ、それぞれ3万人、8万人の観光客が訪れます。河岸段丘に築かれた城下町の風情が残る旧市内には、寺院や商家の並ぶ通りや、織物の町の栄華を今に伝える建物も残っており、この中心市街地の再整備を「まちづくり交付金事業」によって5ヵ年計画で進めています。これらを含む一連の整備計画は平成17年に国の地域再生計画に認定され、当時の小泉首相から認定第1号を授与されました。
 エコミュージアムは、平成13年から「わがまちげんき発掘事業」として市内10地区にできた市民活動団体である「地区まちづくり団体」によって運営され、1地区年間100万円の予算で地域の個性を発見して再構築する自主活動が始まり、5年目の現在「わがまちげんき創造事業」に引き継がれ市民の活力が創出されています。具体例として、山間の北谷地区では、各戸に伝わる冬の伝統保存食「鯖のなれずし」の特産化に取り組み、レシピの統一から共同作業場の建設、製造販売まですべて地域住民が主体となって軌道に乗せました。またある地区では炭焼窯を復活して備長炭を製造し人気商品になっている例や、荏胡麻(えごま)栽培を復活して食用油を製造し、販売したところ健康食品としてすぐに売り切れになった例など、コミュニティビジネスとしても成功例が出てきています。そのほかにも地域をつくってきた歴史が見える遺産の復活整備等に地域住民の元気と意欲が形に表れてきています。

 一方、平成16年度から行財政改革に着手し、平成24年度まで3年毎に市の266事業を見直すこととし、3年目の現在すでに194事業について改革の成果が現れています。
 地方分権が進み地方の独自性を発揮するには、国からの税源移譲だけでなく、行財政改革を進めて自主財源を確保し、住民の意欲が具現化できるフレキシブルな体質につくり変える必要があります。創意工夫を発揮し、豊かな個性が輝く市を目指しています。